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無事これ名馬

当社が西武国分寺線の「鷹の台駅」で開業した25年まえには、すでに7軒ぐらいの不動産会社がありました。当社を入れて8軒。その後かなりの消長があり、平成27年の12月23日時点で5軒になってしまいました。宅建組合の小平支部に関しては、数えるのが面倒になるほど減りました。

特に、3.11の大震災の後は、2年ほど前から武蔵野美術大学の新入生と在校生に対する学校紹介を中止してしまい、ある会社に募集を委託してしまいました。今まで、美大の元受けだった地元の大家さんや、大家さんから管理や募集を任されていた不動産業者は下請け業者になってしまったわけであります。

3.11以後以前からも少子化は進んでい、年々受験生の数はへっていて、昭和60年から平成2年ごろに建築されたバストイレ洗面所一体の三点ユニットバス付アパートは、すでに平成元年築で築27年になります。木造建物は、なぜか築20年で建物の価値がゼロということが、日本の基準になっているようで、どんなに改良を施しても都内23区の超高級住宅地に建っている木造住宅以外は、売りに出した場合、中古住宅ではなく「売地」とされてしまうことが多くなります。

反面、100年以上を経過している木造住宅も多数存在していて、工法と材質の良い木材を使った建物が存在しているのも事実であります。当社も開業当時は「鷹の台駅」から約7分ぐらいの場所で、通称水車通りという五日市街道と青梅街道結ぶ往還ぞいにありました。この水車通り沿いには当時、不動産業者は1軒もなく、7年ほど前に事務所を駅前の長谷川ビルに移転した以後も、不動産会社は一軒もありません。

当社より先に営業していた不動産業者でも1社は廃業。3社は代替わりしました。いまや、鷹の台駅前本通り沿いは、まさにシャッター通りとなり、これに代わって増えたのがコンビニと介護施設であります。駅から徒歩圏でセブンイレブンが2軒、ミニストップが1軒、ファミリーマートが1軒、現在もう一軒が来年中には開業予定です。

人間の寿命は21世紀初頭の現在でも120歳を超えることは至難の業でありますが、それでも「元気で長生きさえすれば」「無事これ名馬」なのであります。何年か前「夢と勇気とサムマネー」といった一時的有名人がいましたが、「夢と運は余裕のある人に傾く」
というのがセオリーのようであります。内山田博とクールファイブに「海峡」という歌があります。

その中に「夢を食べては、生きていけないと、あなたはいうけど、夢のない暮らしなどは私はほしくない」
      「愛を食べては生きていけないと、あなたはいうけど、愛のない暮らしなどは、私はほしくない」

という、フレーズがあります。しかし、夢も愛も希望も勇気も、90%はお金が解決してくれるような気がしているのは私だけでしょうか。

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プロフィール

オーパ

Author:オーパ
30数年前、それまで追いかけていたことに疲れてしまい、「不動産屋でもやってみようかな」と思い立ち、二つの不動産仲介会社に電話をかけてみました。二つのうち一つの会社は消滅してしまいました。残る一つは、まだ存続しています。今思えば、何をしたいかという明確な考えがなかったことに気が付きます。

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